「しんせかい」 / 山下澄人(第156回芥川賞受賞作)




本作は2016年下期、第156回の芥川賞を受賞しました。

著者は劇作家、俳優でもある小説家の山下澄人さんです。

山下さんが当時在籍していた富良野塾という俳優、脚本家志望者たちのための養成所での実体験が本作のモデルになったそうです。

青春小説だと言われれば確かにそうなのでしょうが、あくまでこの作品に描かれているのは純文学という分野の中での青春でした。

演劇に関しての詳しい話などは余り出てきません。若者たちの普段の生活風景や、主人公の心理描写がこの作品の核となっています。

 

あらすじ

俳優や脚本家志望の若者たちが、【谷】と呼ばれる山間のとある演劇塾で共同生活を送っていく話。

主人公のスミトは高倉健やブルース・リーに憧れ、新聞に募集記事として掲載されていた【谷】に二期生として入塾する。

周囲の者達が塾の主宰者である【先生】に対して尊敬の念を抱いているのとは対照に、スミトは【先生】が脚本を書いた代表作に関してもよく知っていなかった。

自給自足のための農作業や馬の世話。周囲の農村の人々との触れ合い。そして、他の塾生や【先生】との関わりの中から、主人公のスミトは何かを学んでいく。

二年間の【谷】での生活あと、スミトは晴れて塾を卒業し、【谷】を出ることになる。

 

無駄な脚色のない、ありのままの青春小説

主人公を取り巻く多くの登場人物

この小説には実に多くの人物が登場します。

塾の一期生である先輩たち。二期生の主人公の同期。講師の【先生】。スミトの故郷の女友達。そして周囲の農村に住む人々等々…

文体の読み辛さも手伝い、正直な話、ぼくは結局最後まで誰がどんな性格でどんな容姿なのか、上手く想像して読むことが出来ませんでした。

登場人物の像を掴もうとするといつの間にかに逃げられ、また掴めそうかになると思うと今度は違う話へと移ってしまう。

そして、読者は主人公のスミトの心情でさも、完全に把握することは難しいと思います。

要所要所で主人公の心理描写が入るのですが、それもどこか要領を得ないところが多いからです。

物語の途中、イイカンジになっていると思っていた同期生の女の子に、突然主人公がキレられる場面があります。

「お前」

「腹立つんだよ」

「何かすげぇ腹が立つんだよ!」

「何なんだお前!!」

「お前はちゃんと見てんのか? ちゃんと聞いてんのか人の話、見て聞いてんのか?」

「しんせかい」

 

どこか達観しているような主人公の態度に、ぼくも彼女と同じように所々で苛々してくる場面もありました。

 

全体の感想として

村上龍さんが芥川賞の選評で酷評しているように、「しんせかい」には奇抜な展開であったり、読者の度肝を抜くような要素は含まれていません。

文体に関しても読者が読みやすい様に丁寧に書かれているという印象もありませんでした。

けれども、面白くないといったような感想を抱くばかりか、ぼくはむしろ読んでいる内に物語に引き込まれていってしまいました。

ぼくはこういった、特に何も起こっていないけれど不思議なことに作品として成り立っている、という作品が好きです。

だから、きちんと起承転結があって、且つ伏線があってそれを回収して、といったような物語が好きな方にはもしかしたら向かないかもしれません。

決して長い作品ではないので、気になった方は是非読んでみて下さい。

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