アラサー独身男が後先考えず会社を辞めた結果




30歳を前にして仕事を辞める

ぼくは4年弱勤めていた会社をつい最近辞めました。

それは「自由に生きたい。好きなことをやりながら人生を送っていきたい」という思いからの至ってシンプルな理由でした。

 

ぼくは満員電車が嫌いです。(←スケベなことを考えているおじさん以外好きな人はいないと思いますが……)

だから前の仕事をしていた時は平日は朝から毎日鬱屈した気分でした。

上司の顔色を窺い、先輩から浴びせられる注意なのか嫌味なのかわからない言葉の暴力に耐えながら仕事をし、疲れ切ってアパートに帰っても食べるのは帰りしなに買ったコンビニ弁当。

カラスの行水よろしく急いでシャワーを浴び、タバコを吸ったりスマホを少し弄っている内にもう寝る時間……。

そして翌日、その翌日も同じことの繰り返し。。。

 

人は自分が普段やりたいと思っていることでさえも、余程の気概がない限り、多忙に身を浸している内にいつしかそれを忘れてしまうものです。取り分けぼくは昔から物事に対して抱く自らの意志が非常に弱いので、自らの夢を失い欠けた時期もありました。

だけど、やりたいことが出来ず自分を押し殺したまま、ただ時の流れに身を任せ風化していくだけの人生は絶対に避けなければならない、と自分に言い聞かせ退社することを決断しました。

仕事を辞めてから一週間が経ち、現時点で気付いたことを書いてみようと思います。

 

仕事を辞めたことで訪れた変化

世間に対しての考え方が変わったのは、通勤電車のストレスがなくなったから

これはぼくにとっては非常に大きな変化でした。

毎朝毎朝、おじさん、おばさんたちと少しでも快適に過ごせる電車内でのスペース確保競争を行い、睨まれ、時には罵倒されながら朝会社へと向かう。

そして、帰りの電車では疲労と睡魔が極限に達した負のオーラ全開のぼくの前に現れるディズニーのお土産袋を大事そうに抱え、寄り添い合ってうたた寝をこく学生カップル。(後者は明らかに嫉妬です(笑))

通勤時の満員電車に乗るようになってから、見ず知らずの他人に対しての嫌悪感というものが自分の中で徐々に膨れ上がり、最終的には「人は己の幸福を最大化させるためなら、ある程度のエゴなら許されるんだ」というおかしな思考にまで辿り着いた程でした。

しかし物事を正常な感覚で判断できるようになった今となっては、やはりそういった自己中心的な考え方は持つべきではないし、自分がいかに疲れていようが公共の場にいる以上、周囲への気遣いを忘れてはいけないなと改めて認識するのでした。

 

自分の代わりはいくらでもいるということを悟った

なかなか退職を決断できない人をそうたらしめている理由の一つに「自分が今辞めたら職場に迷惑が掛かってしまうのではないか」という悩みがあるかと思います。

実際ぼくの場合もそうでした。

会社を辞めるかどうか悩んでいた頃、後輩が仕事ができないという理由で会社から自主退職を命じられてしまい、ただでさえ終わらない普段の業務が彼の分も熟さなければならないために、輪を掛けて忙しくなってしまいました。

そのときぼくの胸中には「もう少し頑張ってみて、新しい人が入ってきたら退職しよう」という思いがあったのですが、待てど暮せど新人が入って来る気配は一向になく、そればかりか社内システムの変更だとかなんとかで日々の仕事量は増すばかり。

曲がりなりにもこんなぼくにも「社会人として職場に迷惑を掛けないようにして辞めよう」という思いがあったのですが、時の経過とともに「自分一人が辞めても別に会社が潰れる訳じゃないんだ」という考え方が次第に大きくなっていきました。

そしてその後、上司に退職の意を告げたのですが、会社は勿論ぼくの穴を埋めるために直ぐ様求人を出し、その2週間後には新人が入って来ることに決まりました。

確かに、自分が辞めることで同僚の誰かに何かしらの迷惑を掛けてしまうことはあるかと思います。それがお世話になった人であればある程、迷惑を掛けたくないという思いが一段と強くなるでしょう。

だけど、他人に一切の迷惑を掛けないで退職をするなんてことは絶対に無理なのです。

大丈夫、安心して下さい。あなたが辞めても代わりはいくらでもいます。

 

自分を追い込むことで「今を生きよう」という思いが強くなった

今のところは、ぼくにとってはこの変化が一番大きいです。

サラリーマンをしていると、自分が本当にやりたいと思っていることでも「もう少し仕事が落ち着いたら」などと日々の忙しさにかこつけて、本来やろうと思っていたことがを後回しにし、生活のためにしている日々の仕事をいつしか第一優先で考えてしまいがちです。

実際、ぼくの場合もそうでした。平日は終電近くまで仕事をし、家に帰って身の回りのことをしている内に気が付くと午前の1時、2時。休日は平日で溜まった家事を熟すのに時間を消費され、余った時間も一週間で溜まった疲労のために有意義に活用できない。「また明日やればいいか」という甘えた考えを持つことに慣れてしまい、「明日」が「明後日」になり、そしてそのまたその翌日、とどんどん先延ばしになっていってしまっていました。

知らず知らずの内に、夢を叶えようとしない言い訳を仕事のせいにし、日々不満を抱えながらも現状に甘んじる自分を肯定していってしまう。大切にしたいことは何だったのか、自分はどうなりたかったのかを考えることすら放棄する。

ぼくの好きなカラーボトルというバンドの「10年20年」という曲の歌詞に以下のようなフレーズがあります。

いつか いつかは いつだ いつなんだ

歌詞引用:10年20年

 「いつか」やるのではなく、「今」やる。「今」を全力で生きる。(そういえば同じような言葉が流行語にもなってましたね)

もうこれ以上言い訳ができない状態へと自分を追い込むことで、今までのぼくの考えにあった「いつか」は「今」に変わりました。

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