「送り火」 / 高橋弘希(第159回芥川賞受賞作)- 感想




本作は2018年上半期の第159回芥川賞受賞作です。

著者は小説家の高橋弘希さん。

Wikipediaで高橋さんの経歴を読んでみましたが、プロフィールについてはまだ殆ど記載がありませんでした。

書いてあるのは予備校講師をしながらバンド活動をしているとだけ……

いずれにせよ、普通のサラリーマンとは異なった経歴を持つ作家さんのようです。

 

あらすじ

主人公の歩は中学三年生。

春休みに父の仕事の関係で東京から青森の山間の町へと引越し、転校先の学校で数人の男子学生と懇意になる。

グループのリーダー格は晃というどこか掴みどころのない同級生の男子。

晃はグループ内で何かを決める際、「燕雀」という名の花札を使った賭け事をすることを好んだ。不思議とゲームで負けるのはいつも決まって稔。

銭湯へ向かう道の途中にある茅葺き屋根の民家に住まう老婆との会話。季節の移り変わりと共にその表情を徐々に変化させていく田園風景。歩は津軽の田舎町の生活に次第に慣れていく。

夏休み期間中のある日の昼下がり、歩の元には皆で市街地のカラオケに行こうという晃からの一本の電話が。

約束の場所に到着すると、そこにはグループのメンバー以外にも見知らぬ作業服姿の男たちがいた。

連れて行かれた黒い森の先で始まる「サーカス」という上級生からの伝統の虐めの悪戯。

満身創痍の歩が辛うじて目を開けた先に広がっていたのは意外な光景だった——

 

「送り火」のみどころ

確かな文章力で描かれた田舎町の風景や物事

この作品で優れている点は風景や物事の描写がとても繊細に、かつ丁寧に描かれているところです。

田舎町の風景やそこ住まう地元の人々。また、同級生である晃が醸し出す危険な匂い。ミステリー小説などで描かれるものとは異なった暴力シーンの血生臭さ、などなど。

これらを描写する著者の文章は非常に巧みで、その芸術性の高い表現の数々は芥川賞受賞作品ならではの良さだと思いました。

特に僕の印象に残っているのは、歩と晃が銭湯からの帰り道に蝉の羽化する丁度その瞬間に出くわす場面。

幼虫の褐色の全身が収斂と膨張を繰り返し、やがて背が一文字に裂け、内側から蛍光色の成虫が、服を脱ぐように迫り出してくる。

(中略)

やがて成虫の内側から、エメラルド色の柔らかな薄翅が捲れ上がる。その二枚の薄翅を広げようというところで、成虫は動きを止めた。ある瞬間に、蝉はその薄翅を、ぱっと花咲くように広げるだろう。歩はその一瞬を見逃さない為に、まばたきすら惜しんだ。しかしどうしたわけか、成虫は殻から半身を覘かせた状態で、一向に動かない。拍動していた胴体も、事切れるように最後の一打ちをすると、完全に停止した。
二人はその後も長い間、蝉が翅を開く刹那を待っていた。二つの小豆色の複眼が、もう何も見ていないことを、歩は理解した。

「送り火」

少しネタバレになってしまいますが、上記はこの物語のクライマックスへと繋がる重要なシーンです。

「羽化に失敗し、絶命してしまう蝉」はどことなく翳のある物語の雰囲気を一層暗くさせ、また二人の少年の近い未来のメタファーにもなっています。

 

作品から滲み出る独特の鬱屈した雰囲気

この作品からは都会の生活では決して感じることのない田舎町特有のような鬱屈した雰囲気が終始漂っています。

読者にそう感じさせる大きな要因は、上記したような筆者の文章力の高さもその一つですが、作品中に散りばめられた数々の土着的な要素がこの物語を一層不気味な雰囲気にさせています。

例えば、晃たち地元の中学生が行う花札を使った「燕雀」という独特な賭け事。

「燕雀」でペケだった者は単に飲み物を買ってくるような使い走りにされる以外に、「回転盤」や「彼岸様」という危険な遊戯の実行者に指名されます。

「回転盤」・・・水の入った数本の試験管を並べ、「燕雀」の敗者が選んだ1本が手の甲にかけられるというもの。その中には硫酸を薄めた水溶液が1本混じっている。ロシアンルーレットにも似た賭け事。

「彼岸様」・・・屈伸運動を繰り返した後に首を締め上げることで半ば強制的に酩酊状態を作り上げ、朦朧とした意識の中で見えた像を書き写すという遊戯。彼岸様は概念なので決まった形はなく、大日如来であったり、馬頭観音でったり、人によって見える像は異なる。

上記したもの以外にも、歩の家の近所に住んでいる老婆が語るろくあしの虫害の話や、散策中に出会った農夫の語る決して耳を傾けてはいけないという塚や辻、橋に漂っている言葉についての話など、どことなく不気味な雰囲気が要所々々で漂っています。

 

 

全体の感想として

「送り火」の文体は所謂「神の視点」であることもあり、人々の心理描写までは詳しくは描かれてはいません。

そのため、登場人物の感情の機微まで読み取ることは少し難しいですが、出来事を淡々と描いていくことで、この作品の持つ独特の雰囲気を作ることに成功しています。

突拍子のない構想の作品ではありませんが、巧みな文章で紡がれた物語はいかにも芥川賞っぽいと思いました。

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