旅に出て気付いた日本人と欧米人の労働意識の違い




先日、ぼくは仕事を辞めて少しの間旅をしてきました。

旅をするために仕事を辞めた訳ではありませんが、社畜として働いていた前の会社では、最後まで「有給?何それ美味しいの?」状態だったので、その反動からか仕事を辞めてからはとりあえず旅に出たい、と強く思うようになったのでした。

特にこれといった目的はなく、行き先は海外ならどこでも良かったのですが、ぼくは中でもヨーロッパに対し強い憧れがあったので、なんとなく中東欧の国々に行ってきました。

ちなみにそれまで、海外はスペインとトルコなら行ったことがありました。

旅に出て改めて感じたことは沢山あったのですが、一番興味深かったのは日本人と欧米人の労働に対しての考え方の違いでした。

今回はそのことについて気付いたことを書いてみたいと思います。

 

日本人と欧米人の労働に対する考え方は全く違う

今回の旅に出る前から色々なメディアや外人の友達を通して既に知っていることではあったのですが、実際目の当たりにするとなかなか驚きが大きかったです。

仕事観について誰かと深く議論を交わした訳ではなかったのですが、彼らの働いている態度を見ていると改めて考えを聞かなくてもわかってしまいます。

基本的に接客業の店員は横柄ですし、「早く仕事終わらないかなぁ」って感じで働いてる人が多いです。

店員同士のお喋りは当たり前。手が空いた隙を見てスマホを弄っている人は沢山いました。

また、自分の言っていることを相手が理解していようがいまいがおかまいなし。困っていても助けようとしない人が多い。

そして、窓口を閉める時間に対しては物凄くうるさい。時間がきたらそれまでやりとりをしているいないは関係なく、強引にシャッターを下ろします。

 

終わりといったら終わりなんです!

ウクライナからハンガリーへの寝台列車のチケットを買いに行った時、こんなことがありました。

翌朝出発のチケット買うため、ぼくは国際線の窓口に向かいました。着いたのは窓口が閉まる3分前くらい。

窓口の担当は40歳くらいのウクライナ人のおばさんで、英語は喋れませんでした。

英語やジェスチャーでなんとか出発時間や値段の確認をしていると、何を思ったか彼女は途中で会話を遮り、傍らに置いてあった何かのプレートをおもむろに取り出し始めました。

そして、

「ドンッ」

とぼくの前にそのプレートを置くと、「もう時間だから切符は売れないわよ」と、そこに記載されてある営業時間を指さしながら言うではありませんか。

なるほど確かに時間になってしまった。

しかし、電車の発車時刻は翌朝の明朝なので、こちらとしても簡単に引き下がる訳にもいきません。

翌日は切符が買えるかどうか不明なため、ぼくはなんとか今売ってもらえないか、とお願いしました。

すると、

「時間だって言ってるでしょ!今日はもうチケットは売らないわよ!!」

と凄い剣幕で怒鳴り始めます。(何もそんな怒らなくっても……)

その後は、おばさんに何を言っても聞く耳を持ってくれませんでした。

 

お金を払っても乗れないものは乗れません

日本人が海外に行くと結構大きな問題になるのが、交通機関の乗り方です。

チケットはどこで買うのか、買ったチケットで何に乗ることが出来るのか、どのタイミングで車掌に見せるのか、等々。

問題が起きたのはオーストリアの田舎の駅で、ウィーン行きの列車に乗ろうとした時のことでした。

前日、宿泊先のドミトリーで列車のチケットを購入していたぼくと旅先で知り合った香港人の男の子が駅に着き、駅員のオーストリア人のおじさんにスマホで領収証の画面を見せるとこう言ってきました。

「これはチケットじゃない。チケットを印刷して持ってこい。チケットがないと乗ることはできん」

彼の主張では紙のE-Ticketがないと列車に乗れないとのことなのです。

もしかしたら画面の隅とかに注意事項として記載があったのかもしれませんが、買った証拠があるのに乗れないなんてアホな話はありません。

時刻表を確認すると発車時刻まであと10分弱。

どこか近くで印刷出来る場所を探そうにも、なにせそこは田舎の駅のため辺りには長閑な風景が広がるばかり。

こうなったらなりふり構っていられません。

ぼくと香港人の男の子はその駅員にチケットはないけどなんとか乗ることは出来ないか、と懇願しました。

しかし答えはNo。

「いやいや、待ってくれ。購入画面はここにあるじゃないか」と食い下がると。

「チケットがないと乗れないって言ってんだろ!」

とまたしても怒鳴り始めます。

なんと欧米では駅員が急にキレるのが流行っているらしいのです。

ぼくらは呆気にとられましたが、その後の駅員の行動を観察していると、彼は部屋の中に入り何やらどこかに電話をかけ始めます。

ドイツ語で彼が何を言っているのか理解出来ませんでしたが、もしやぼくらが乗れる手筈をしてくれているのでは、と期待し次の彼の反応を待ちました。

しかし、待てど暮せど彼がぼくらにもう一度声を掛けてくることはありませんでした。

これ以上待っても事態が好転しないと判断したぼくらは、「車掌が回ってきたらその時に事情を説明すればいいや」と開き直り、彼が目を離している隙に既にホームに停車していた列車にこそっと乗車しました。

ちなみに結果的に車掌は廻って来ず、下車した時もチケットの確認はありませんでした。

 

職場は3年に1回は変えるのが普通でしょ?

これはドゥブロブニクで行動を共にしていたウクライナ人の青年が言っていた台詞。

彼とはカウチサーフィンのHang outで知り合いました。

なんでも、ドゥブロブニクにはウクライナのオデッサから車を運転して来たそうで、暇があるときは車でぶらぶら旅行しているそうです。

「今回は仕事を辞めてここに来たんだ」とぼくが言うと、「俺もそうなんだ」と彼は言います。

なんでも彼はプログラマーらしく、なんと3年に1回は転職をするそうなのです。

彼の発言に驚いているぼくを見て、彼は「いや、ウクライナでは普通だよ」と言っていましたが、プログラマーという職業の性格上、転職がそう珍しくないのか、ウクライナの労働市場がそうなのか真相はわかりません。

そしてぼくが日本での労働市場の話をすると、「じゃあ、旅行はいつ行くんだ。日本人は死ぬまでずっと働いているってイメージがあるけど本当なんだな」と苦笑いしていました。

 

まとめ

今回紹介した駅員の話は、もしかしたら他の欧米人には当てはまらないかもしれませんが、他にもスーパーの店員やドミトリーの受付など、結構適当に仕事をしている人が多かったです。

また、そうしたB to Cの仕事をしている人たちだけでなく、オフィスで働いているような人とも話す機会があったのですが、話しているとやはり「日本人のの仕事観とは違うんだな」と思う場面が多々ありました。

多くの日本人が未だに持っている「お客様は神様」だとか「同じ会社で働き続けること」が良しとされている労働意識は果たして正しいのでしょうか。

その辺が疑問に思えてなりません。

読み返してみるとなんだか全体的に欧米の労働者批判みたいになってしまいましたが、ぼくが買い物をしていた時に親切にしてくれた店員もいることにはいました。

また、ホテルの受付などは基本的には融通も利くし、対応もそれなりに良かったです。

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