「コンビニ人間」 / 村田沙耶香 (第155回芥川賞受賞作)




2016年上半期、第155回芥川賞受賞作です。

著者の村田沙耶香さんが実際に働いているコンビニでのアルバイト経験を基にこの作品を書いたそうです。

度々メディアでも目にすることのある村田さんですが、小説家特有というかなんというか、少し変わった雰囲気があるような気がします。

以前から様々な文学賞を受賞されていましたが、芥川賞を受賞したことで普段本を読まない層からの認知度も一気に上がったのではないでしょうか。

 

あらすじ

主人公の古倉恵子はコンビニ店員として生計を立てている。

彼女は恋愛経験はなく、その上正規の職に一度も就いたことがなかった。

幼い頃から「普通ではないこと」を周囲に指摘され続けてきた恵子であったが、仕事の同僚や周囲の人間達の真似をすることで、自分が「普通の人間」らしく振る舞うことが出来るのだと錯覚するようになる。

ひょんな理由から、同じバイト先であった白羽という無職の男を家に住まわすようになるが、それは恋愛関係の上での出来事ではなく、お互いの生活における利害関係の一致からきたものであった。

白羽との同棲から享受できる世間体を失わないため、恵子は18年間働いていたコンビニのアルバイトを遂に止め、正規の仕事を探すようになる。

しかし、その面接へと向かう途中に通りかかった一軒のコンビニで、自分が人間である以上にコンビニの店員であること、自分の細胞全部がコンビニのために存在していることに改めて気が付く。

 

「コンビニ人間」のみどころ

狂っているのは自分なのか世間なのか

主人公の恵子は自分が周囲と何か違っていることを知っていますが、それは自らで気が付いたことではなく、周囲の人間から「普通ではない」と何度も聞かされてきたためです。

  • 焼き鳥が好きな父親のために公園で死んでいる小鳥を持ち帰る
  • 男子同士の喧嘩を止めようとして当事者をスコップで殴る

こうした一見常軌を逸した行動は、恵子にとっては彼女自身が持つ合理性に従い、正しいことをしていると判断した上での行動であり、彼女にとってはそれが至って普通のことなのでした。

恵子の例は少し極端だとは思いますが、普段の生活をしていて自分では普通だと思っていることが、世間一般では非常識なことであったというのは、誰でも一度は経験したことがあるのではないでしょうか。

ましてや自分の感情や感覚を極力殺して、常に周囲の目を気にし、足並みを揃えていくことが良しとされるこの日本の社会では、「普通」とは一体何なのか、また「普通」に生きていくことがそんなに大切なことなのか、とぼくの場合は疑ってしまうことが多々あります。

この小説ではこうした主人公と周囲の人々との物事に対する考え方の違いなどが際立たされて書かれているのですが、読み進めていく内に「普通の人間」の方こそ「異常な人間」なのではないか、と思われるようになってきます。

物語の中盤で白羽が恵子にこう言う場面があります。

「この世界は異物を認めない。ぼくはずっとそれに苦しんできたんだ。」

(中略)

「皆が足並みを揃えていないと駄目なんだ。何で三十代半ばなのにバイトなのか。何で一回も恋愛を経験したことがないのか。性行為の経験の有無まで平然と聞いてくる。『ああ、風俗は数に入れないでくださいね。』なんてことまで、笑いながら言うんだ、あいつらは! 誰にも迷惑かけてないのに、ただ、少数派というだけで、皆が僕の人生を簡単に強姦する」

「コンビニ人間」

いわゆる人間の屑みたいな白羽の性格上、彼の発言は物語の中ではちっとも説得力を帯びていませんが、よくよく考えると確かに的を射ていると思わせます。

 

全体の感想として

この小説の舞台はとても小さな世界ですが、それでありながら非常に上手に書かれている作品だと思いました。

作者の感覚に頼った抽象的な表現は全くなく、確かな筆力で書かれた文章はとても読みやすいです。

個人的な意見としては、歴代の芥川賞受賞作の中でもトップクラスの良作だと思っています。

比較的短めの作品なので、読書をあまりしない人でも一気に読み終えることが出来ます。

今後の村田紗耶香さんの作品に注目していきたいです。

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