会社を辞めた理由は自分に嘘をついて生きていきたくなかったから




以前の記事でも書きましたが、ぼくはついひと月程前に4年弱働いていた会社を辞めました。

仕事を辞めることを決意した理由は極めて単純です。

それは、以前の生活を続けていたままでは、自分がやりたいと思っていることに費やすことができる時間の確保が難しかったからです。

自分に嘘をつきやりたいことが出来ないままの生活を続けていくことが、ぼくにはこれ以上出来ませんでした。

仕事を辞める前に考えていたこと、そして辞めた今になって考えたことを書いてみたいと思います。

アラサー独身男が後先考えず会社を辞めた結果

2017.07.07

 

生きる上で何に価値を置くべきなのか考える

サラリーマンとして働いていると、日々の生活に追われてしまい、自分自身の人生について深く考える機会が減ってしまいますよね。

夢のため、達成したい目標のために貴重な時間を使いたいのに、現実は日々の生活のことだけで頭が一杯になってしまう。

「夢があるけど、それはいつか実現できればいいや。今のところは仕事が忙しくてそんなこと考えている暇なんかないし……」といった具合に。

飯の種だけのための仕事なのにも関わらず、いつの間にか、やりたいこととやらなきゃいけないことが逆転してしまう。

そうなってしまっては本末転倒です。

 

ぼくは常にこんなことを考えてしまいます。

「果たして自分にはそんなに多くのお金が必要なのだろうか。やりたいことをずっと我慢してまでして稼いだお金に、そしてその稼いだお金を使って享受できる物事に、一体どれほどの価値があるというのだろう」

 

実際のところ、ぼくは生まれてこの方、相対的には決して裕福な生活を送ってきた訳ではありません。

味覚音痴なので、高級な食べ物を食べたところでその良さを理解することができませんし、友達と飲みに行ったりすることは稀にありますが、それ以外には休日に外出する機会なんてほとんどないので、わざわざ高い洋服を買って周囲に自分が価値のある人間だとアピールする必要もありません。

色々と思考を整理する過程で、自分が何を大事にすべきで、どんな選択肢を捨てて生きていくべきなのか、改めてわかったような気がします。

人の目を気にしながら生きていく人生ほど、つまらないものはないです。

だけど、これは価値観の問題だとも同時に思います。

高価な洋服を身に纏い高級なレストランに行き、一食何万円もするような食事をすることに生き甲斐を感じている人がいるのであれば、その人はそういった生活を送っていけばいいだけの話です。ぼくはその人の嗜好を別に否定はしません。

ただそれが、他人の意見や評価を気にした結果の行動であるならば、そんなことに時間を費やすのは勿体ないと思ってしまうのです。

 

やりたくもない仕事から学べることなんてほとんどない

何故ぼくらはやりたいことを我慢しながら、やりたくもない仕事に貴重な人生の大半の時間を割かなければならないのでしょうか。

ぼくは前の会社で働いていたときは、「早く終わんないかなぁ」などと常に時計を気にしながら、その日の終業時間が終わりに近づいていくことだけを希望に日々の業務をこなしていました。(といっても実際のところは、やらなくてはいけない仕事が多すぎて、終業時間を迎えたところで時間通りに帰るなんてことはほぼできなかったのですが……)

「仕事というものは退屈なもので、お金をもらうためならばほとんどのことを妥協しなければならない」

こういった主張はわからなくもありません。経験上、ほとんどの仕事というものは退屈で、お金をもらうことが出来るといった要素以外は、自分にとってプラスになるものは基本的には何一つないと考えています。

こんなことを言っていると、意識高い系の人にきっとこう言われるでしょう。

「仕事を通して何かを得ることができるかできないかは自分次第。何も得ようとしない姿勢を取っているお前に問題がある」と。

確かにその通りなのかもしれません。

でもいつまで経っても、ぼくにはこういった崇高な考え方というものは身に付かないのです。

やりたくもない仕事を通じて得ることができる知識や考え方は、詰まるところ、その分野に関係する仕事をしている時でしか活用できる場面がほとんどないと思っています。

それを自分がやりたいと思っている仕事に必要な能力に昇華させることが出来るのは、例えば10学んだとして1あればいいくらいでしょう。

 

それでも退屈な仕事をしていく

ぼくにとって退屈な仕事は退屈なのです。それ以上でも以下でもありません。

自分のやりたいと思っていることをして、その結果としてお金を得ることができる。その過程で、もっと上手になりたい、もっと色んなことを学びたいといった自分の心の底から湧き出る感情に従うことで、自分にとって実のあることを学ぶことができ、得ることができると思ってしまうのです。

でも、食べるためには働かなければなりません。

つまらない翌日を迎えるために、今日も退屈な仕事をしなければならないのです。

とりあえずこれからも、やりたいことに使える時間を作りながら、退屈な仕事に耐えていく日々を送っていこうと思います。

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